心に留めたい言葉2ー食べつかせるー

「日本語に「食べつかせる」「食べつく」という、看護人の態度と、病人の様子を表現した、独自の言葉がある。食べつかせるとは、食べられる状態であるのに、食べれば回復が早いはずなのに、食欲がきっかけをつかめず、宙をまさぐっているような人。この人の気の先をつかんで、好みのものを与え、食欲の焦点をつくってあげることをいう。「なんとかして、食べつかせねばー」 これである。みんな、こうしてもらって今日がある。(中略)食べつかせるーこの言葉、現代にこそ流行らせたい。食べつかせられる親の子供に、「キレる」はないであろう。」

これは、料理家で随筆家である辰巳芳子さんの著書『あなたのためにーいのちを支えるスープ』にある一節です。私がこの本を手にしたには二年前。表紙に色のグラデーションの図が使われているのに興味を持ったからでした。タイトルを見ずに表紙だけ見れば、ファッション関係、衣に関する本に見えます。きものを染める時の色見本と本当によく似ているのです。しかしこれは、紛れもなくスープの書物です。表紙の色体系は、食材の色とスープ作りの技法を示しているそうです。日常生活を衣食住というからには、着ることと食べることは密接に連動しているハズだけれども、具体的に証明してくれるものがなくモヤモヤしていた私にとって、その色体系との出会いは、非常に大きなものでした。食の世界にも色見本があるんだ、やっぱり衣の世界と同じなんだ。単純なことかもしれませんが、救われた気持ちがしました。

読み進めて行くと、これは単なるスープのレシピ本ではないことが解ります。スープ、おつゆものの意味と役割を改めて考えさせられます。食べるという日常行為がいかに生命にとって大切であるか、親と子、人と人の絆を結ぶためにいかに大切なことであるかということを。上記の「食べつかせる」という言葉にもあるように、食べるという行為はその家々で伝えなければならないものなんですね。読みながら、きものの世界でも、たとえば畳むことや身に着けることは、やっぱり家の中で伝わって欲しいなと強く思いました。家の中で伝わるものには、単なる順番や方法でなくその間にあるもの(それはうまく言葉では表現できないのですが)があり、それが絆になるのだと思っています。我々、衣に携わる者が今すべきことは、家の中で衣が続いて行くようにお手伝いをすることであろうと再認識させられました。お母さんがきものを着られないなら、娘さんが着られるようになってお母さんに教えてあげる、それもひとつの在り方です。買うだけがきものではありませんから。きものとは衣とはどういうものなのか純粋に興味を持って来ていただける店にしていきたいという前向きのパワーを、辰巳さんの本からもらいました。

皆さまも一度是非、手にしてみて下さい。きものが難しければ、まずは美味しいスープから始められてはいかがでしょうか。

あなたのためにーいのちを支えるスープ』辰巳芳子著 文化出版社