• 蝉の声が聞こえる─芭蕉布のおはなし─

    おととい、芭蕉布の帯をご紹介しました。汗をかいても肌につかずサラリとした風合で、その軽さから蝉の羽に喩えられる芭蕉布。暦の上では秋ですが、しばし蝉の声に耳を傾けてみましょう。沖縄の喜如嘉(きじょか)という土地で生産されている芭蕉布、糸芭蕉の木から取れる糸を使って織られています。きもの一反を織るためには、200本以上の木が必要なのですが、そもそも糸芭蕉を栽培することがとても大変。1本の木を成熟させるのに2〜3年の月日を要します。昨今では害虫が繁殖して良木が育ちにくくなりましたから一点いってんの作品が本当に貴重です。

    木が育てば切り倒し、何層にもなる切り口から一枚ずつ皮を剥ぎ、数種類の糸に分け、それぞれの糸をさらに細かく裂き均一の太さに整え繋ぎ合わせます。木を切り倒す重労働も、気の遠くなるような糸の整理もすべて女性による手作業。リーダーである人間国宝の平良敏子さんは、戦後アメリカ軍によって焼き払われた芭蕉畑に、わずかに残った苗を植え、芭蕉布を絶やしてはならないという一心で戦争未亡人たちに呼びかけました。そうして絶滅の危機にあった芭蕉布は息を吹き返し昭和49年に喜如嘉の芭蕉布は国の重要無形文化財に指定されました。

    詳しくは、日本放送出版協会から出ている『平良敏子の芭蕉布』をどうぞ。美しい織りの数々、何よりも平良さんご自身の素敵な生き方に心を打たれます。呉服業界は、職人の後継者不足に悩まされておりますが、89歳の平良さんに憧れて門下生となる20代30代の女性が近ごろ増えているそうです。平良さんのお顔は本当に美しいですよ。ひとつのことを貫き通した人にだけ出せる、温かく素直な笑顔は必見です。


  • 能登上布と芭蕉布

    8月、お気に入りのコーディネートです。能登上布に芭蕉布(平良敏子作)の帯を合わせて。お客様のお店に遊びに行ったり、ランチをご一緒する時に 重宝しています。芭蕉布の帯は、シンプルですが締めるととても迫力がありますから、シンプルな着物と相性が良いと思います。黒地の帯揚げ、帯締めはひと組あると便利です。白っぽいコーディネートが多くなる夏場には締め色となり、すっきり涼しげな雰囲気に仕上がります。

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    上布関連記事7月8日


  • 「食育」「住育」残るは「衣育」

    昨日は住育について書きましたが、昨今、「育」のつく言葉が目につきます。例えば「食育」。きちんと朝ご飯を食べる、病気の人はその病気に合った食事療法をする、子供にはバランス良く食べさせる、大人は自分の体質や体調に合った食事を心がけるなど、食に関するあらゆる取り組みを食育というそうですが、どれもやはりまずは家庭内で実行されなければならないことばかりです。家族の絆がなければ実を結ばないことばかり。

    2月12日のブログでご紹介した辰巳芳子さんの著書『あなたのためにーいのちを支えるスープ』に書かれていることも、まさに食育。大人が子供に食べつかせる、病人を元気にすべく食べつかせる、家族が健康であるために、本当に美味しいものを作る。家族の繋がりを深めるための台所からの思想です。

    さて、「食育」「住育」ときたら残るは「衣育」ですが、こちらは是非、きものの世界から提案をしてみたいと思います。そもそもきものは、代々おくるものですから、家族が基盤となります。これは訪問着だからフォーマルの席に着なさい、これは小紋だからお食事や、簡単なお茶会に、などTPOのことや、染めや織りの名前も合わせて次代におくって欲しい。普段とはちょっと違う、そういった会話からまた親子の絆は深くなるはずです。

    着るということも、家庭内で伝えて行きたいというのが理想です。当店では、いわゆる着付け教室を開設しておりませんが、ご希望されるお客様と一緒に着付けの練習をしています。このやり方が一番正しいやり方ですとは決して言いません。順番と、押さえるべきポイントだけお伝えして、後は回数を重ねてきものに慣れていただく。それが当店のやり方です。きものを傷める小道具や無理な補正は抜きにして、きものと帯の素材感、人それぞれの体型をそのまま活かす自然のやり方です。

    身体で覚えてもらった方法を、それぞれの家庭内で実行していただきたい。お母さんに、お嬢さんに、兄弟姉妹に教えてあげて欲しいのです。それから、お友達やご近所の間で広まるようになれば、なお嬉しい。まず、きものを着ることを家庭内に運んでもらう。その一歩目の種になりたいと思っています。級も資格も取れませんから、着付け教室ではありません。呉服屋は、級や資格よりももっと根本のところ、衣を通じて人と人が育つことを考えるべきだと思います。

    賛成して下さる方いらっしゃれば、是非当店で衣育をご一緒にいかがでしょう。 きものは、着なくなったら不必要なものではありません。着なくても必要なものです。日本の文化ですから。家族の会話の中にあるべきことがらです。


  • 「住育」という概念

    先月のことですが、とあるテレビ番組で「住育(じゅういく)」という言葉を知りました。住育とは、文字通り、住む家に関することなのですが、風水や方角占いによってでなく、ただ家族の絆を深めることを目的として間取りを考えることなのだそうです。

    この住育の理念に基づいて、新築やリフォームを請け負う女社長さんが紹介されていました。 曰く「立派な家イコール幸せな家ではない。家族の絆があって初めて幸せな家である。」例えば、おばあちゃんの部屋を、台所仕事をするお母さんから見える位置に置いてみる。するとお互いに気にかけるようになり、会話が生まれる。例えば、お父さんの席は必ず上座に置き、誰も座ってはいけないところとする。お父さんの威厳を確保すること。例えば、キッチンは対面式にする。料理を介して会話が弾み、自然にみんなが手伝うようになる。例えば、子供の勉強机を隔離した場所でなく大人の目の届くところに置く。見られることによって、子供は勉強するようになり、大人は誉めるようになる。するとまた、子供は頑張る。などなど。

    家族のコミュニケーションが深くなることを第一とする家作りが、今、注目されています。住育は、家を新築する人やリフォームする人たちだけのものかと言えば、決してそうではなく、誰にでも今日からできる住育があるそうです。例えば、玄関。花を飾ったり、子供の描いた絵を飾ったりして明るい雰囲気にする。食事をする部屋にはテレビを置かず、家族の会話もご馳走にするなど。大人も子供も、人として育つことのできる住まい方、いま一度見直してみたいものです。