• 藤井絞の記憶─好き嫌いをしたらあかん─

    うちで展示会をする時には、藤井絞さんから必ず助っ人に来てくださる人がいました。何十年も、ずっと同じ人。私が小さい頃から自分の子供のように可愛がってくれたその人は、私が大学生になる直前に言いました。「これから大学生になってコンパやなんかでみんなと集まっている時に、食べ物の好き嫌いをしたらあかん。ちょっと苦手なものがあっても、ひと口は食べて付き合いなさい。」と。

    その時は、ただ何となくそうかと思っていたのですが、いざ大学生になり、いろんな人と食事をしたりお酒の席を囲んだりするようになって、ようやくその言葉の意味が分かるようになりました。みんなで同じお皿のものをいただく時に、私これが嫌いと言ってしまったらシラケてしまいます。でも、いつもは食べないけど今日はせっかくだからひと口いただこうかとなると、雰囲気を壊さずにすみますね。

    学生の頃は、相手も学生ですから少しのわがままも通りますが、例えば相手が上司やお客様だったらどうでしょう。シラケさせてはならないと、無理して口に運んだりした経験はありませんか? 体質的に受け付けないものは別として、苦手なものはそうやって段々と苦手ではなくなって行くのではないでしょうか。意外と食べてみると美味しかったり、食わず嫌いだったり。食べ物の好き嫌いがなくなって行くと、人間の好き嫌いもなくなって行くような気がします。

    あの人あんまり好きなタイプじゃないけど、とりあえずしゃべってみようかなとか。しゃべってみると、結構おもしろいなとか。先入観が薄れて行く。 とにかく食べてみようと思う気持ちは、とにかくしゃべってみよう、とにかくやってみよう、とにかく読んでみよう、いろいろな前向きなことに波及する大切な要素だと思います。

    今でも「好き嫌いをしたらあかん」を思い出し、言ってもらえたことに感謝することがよくあります。絞りの素晴らしさばかりでなく、生きて行くのに大事なこと、記憶に残る言葉、たくさん藤井絞さんから教わっています。


  • 藤井絞の記憶─階段─

    長年お付き合いの続いている問屋さんのひとつに、藤井絞さんがあります。それより以前の記憶はないのですが、3歳の頃には確実に「藤井絞」の中にいたことを覚えています。当時から、京都に行くと言えば祖母と母に連れられて問屋さん巡り。ふたりが仕入れをしている間は、何時間もずっと正座をして終わるのを待ちました。

    藤井絞さんには、玄関を上がってすぐに二階へと続く階段があります。二階は仕入れの場所、一階は私が待つ場所。祖母と母が階段を上がることは、私にとってはお行儀よくしなければならない時間がやって来ることを意味し、子供ながらに結構な覚悟をしたものでした。その階段は、大人の世界と子供の世界を分ける境界線、大人になれば上ることのできる希望のようなものでした。

    今、年齢だけは大人になった私は、もちろん二階へ通してもらえるのですが、嬉しい反面、身の引き締まる思いがします。子供の目線で見上げた階段は、とても高く大きく、まさに大人の象徴でしたが、当時心に描いていた大人像に近付くには、まだ時間がかかりそうです。いつか自信を持ってこの階段を上りたいと、いつも思います。


  • 『サザエさん』のフネさん

    毎週日曜日の午後6時半はやっぱり『サザエさん』。国民的といってもいいアニメーションですね。

    和服の達人と言えば、フネさん。芝居見物に出掛けたり、デパートにお買い物なんて時は、相応しい着物に着替えます。アニメと侮ることなかれ。このコーディネートがなかなか素敵!!色合わせ、さりげない帯の模様、フネさんらしさが漂います。また、この時期は浴衣姿のサザエさんも登場しますが、そのデザインにハッとすることがあります。

    ほかにも、実は花壇に植えてある花が季節によって変わっていたり、必ずその時期を意識させるエピソードがあったり、四季を大切にした番組です。さて、明日はどんなおはなしでしょうか。