小津安二郎「晩春」

いい映画のはなしを、もうひとつ。巨匠、小津安二郎監督の「晩春」。初めて観た小津映画でしたが、感銘を受けました。「晩春」は、父 周吉の手ひとつで育てられたヒロインの紀子が縁付き、嫁ぐ日までのふたりの心の変化、葛藤を描いたものです。

印象的だったのが、同じ場面が繰り返し使われていることでした。キーとなる場面は居間か、紀子が着替える二階の部屋のふたつぐらいなのですが、だからこそ登場人物たちの感情の変化がくっきりと浮き彫りになるのです。居間で父と娘が食事をする場面でも、結婚話がある前と後では、同じ場面でも繰り広げられるドラマがまったく違うんですね。いつもは外出先から帰ると二階へ上がり、笑顔でエプロン姿に着替えて家事にとりかかる紀子が、結婚の話の後、父から離れる寂しさや複雑な心境から、泣き伏せるシーンがあります。同じ場所での、笑顔と涙。心の内が痛いほど伝わってきます。何気ない日常の場面ばかりですが、日常ほどドラマティックなものはないのだと、この映画を観て思いました。ささいなことがきっかけで大きく動くうねりのようなものを感じます。感動します。娘が嫁いだ日、紀子のいなくなった二階の部屋で、かつて紀子が泣き伏せたイスに座って、今度は父が涙を流すラストシーンは、忘れられません。

この映画で初めて、原節子さんを知りました。こんなにも穢れのない美しさを持った女優さん、いませんね。存在そのものがキラキラしていて、本当の意味で優れた女性。釘付けになりました。