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  • 生きること、死ぬこと

    近頃、映画「おくりびと」の影響で、生きること死ぬことが見つめ直されているようですね。

    今日は、生と死に対する個人的な考えを書いてみようと思います。私が初めて人に死に直面したのは3年前。祖母の死でした。入院しほとんど寝たきりになっている祖母の様子を毎日見る中で、まず命の強さを感じました。食べ物が喉を通らなくなっても、衰弱し切っていても、呼吸をしている限りは生きている。寿命が来るまで命が存在する。生きるとは、なんとしんどい行為であるかということを見せつけられました。同時に、こんなにも強いものがストップしてしまう、死とはいかにしんどいことかと思いました。生きることと死ぬことは、もしかして同じことなのではないか。そんな思いが心に浮かんだ時、一冊の本に出会いました。

    柳澤桂子著『生きて死ぬ智慧』です。日本を代表する生命科学者である氏が般若心経に解釈をつけたものなのですが、感銘を受けた私はそれから、死に向かう祖母の側で、その般若心経を実際に書き写してみることを始めました。すると、生死に対する自分なりの感じ方ができあがって行きました。生きることと死ぬことは、やはり同じこと。ただ、肉体として「ある」か、魂として「ある」か。この世は目に見えている、あの世は見えない。ただそれだけの違いではなかろうか。この世での姿かたちは仮のもので、本来は誰しも空(くう)の状態であり、死とは魂(=空)としての出発なのだと。

    祖母が亡くなって数時間後、あらためて顔を見るとそこに横たわっているのは確かに祖母でしたが、その顔は私が初めて見る表情をしていました。きっと、こんな顔で生まれてきたんだろうと思わせるような、赤ん坊のような可愛らしい顔をした祖母がいました。きっと、あの世で生まれ変わったのでしょう。死は出発点であることを実感しました。今日は祖母の月命日です。もうすぐお経が上がります。


  • 啓蟄

    今日は啓蟄です。虫たちが土から這い出てくる日とのこと。まだまだ寒さは続きますが、見えないところで春は着実に近づいて来ているのでしょう。

    作家の幸田文氏は著作『季節のかたみ』の中で三月を「ものの始まろうとする月、動きだそうとする月、気鋭の月」と表現しています。絲穂のカエデの木々も今はすっかり葉の落ちた状態ですが、時々、山鳥のつがいが止まり何かをついばんでいます。新芽をつついているのでしょうか。私たちの目には簡単に見えませんが、自然の生き物たちには木々の新しい生命がはっきりと見えているのでしょう。自然は、感じ取る春があることを教えてくれます。

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    “季節のかたみ” (幸田 文)※文庫版もあります


  • うれしいひなまつり

    あかりをつけましょ ぼんぼりに、で始まるひな祭りのうた、誰でも耳にしたことがある有名なうたですが、全歌詞をご存知でしょうか?

    じっくり読んでみると、雛まつりが晴れの日であること、華やかで賑やかな一日であることを改めて感じます。段々に飾られたお人形たちをそのまま描写した詩ですが、笛や太鼓で囃す五人囃子の音、きれいなお内裏さまとお雛さまの姿、そして、ほろ酔いの右大臣が本当に眼前によみがえってくるようで、躍動感や幸福感に満ちています。

    灯火を点けましょ ぼんぼりに
    お花を上げましょ 桃の花
    五人囃子の 笛 太鼓
    今日は楽しい 雛まつり

    お内裏さまと お雛さま
    二人ならんで すまし顔
    お嫁にいらした 姉さまに
    よく似た官女の 白い顔

    金の屏風に 映る灯を
    かすかにゆする 春の風
    すこし白酒 召されたか
    赤いお顔の 右大臣

    着物を着かえて 帯しめて
    今日は私も 晴姿
    春の弥生の このよき日
    何より嬉しい 雛まつり


  • 有職雛

    今年も我が家の有職雛が揃いました。京都、田中人形製。

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    衣裳はすべて人間国宝 喜多川平朗氏によるもの。時を経る毎に増す染色の落ち着きや織りの風合いから、その手仕事の素晴しさを感じます。

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    今から30年前、このお人形たちは縁あって我が家にやってきました。幼い頃は毎年この時期になると、いつの間にか大人たちの手によってこのように段々に並べられ、いつの間にか仕舞われていました。時が経ち、この頃は自分も人形たちをひとりひとり箱から出し、また箱に仕舞う作業に関わるようになると、自然に思い入れも変わってきました。「縁があって」我が家に来てくれた不思議、今もひとつも損なわれることなくある不思議、こうして今年も無事に段に並んでくれた不思議を思うと、当たり前のようにあることどもは決して当たり前でないと感じるようになりました。今月は、有職雛とともに皆様をお待ち申し上げております。

    ※「有職」=「ゆうそく」(←無知な「裏管理人」によるコメント)


  • マイカップ

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    こちらマイカップです。香蘭社製。開店当初は母が使っていたものですが、今は私におさがりとなりました。とても気に入っております。

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    いろんなカップがそろっておりますので、お好きなのでコーヒーをどうぞ。


  • 心に留めたい言葉3ー火力についてー

    「親も代から台所仕事を見て七〇年。くらくら、ぐらぐら煮てよいものなど一つもないと考えている。(中略)スープの具材を炊いて行く場合、決して10の火を10で使って煮立ちをつけない。中火の強ー10の火を7か8で使う。(中略)これは大切な大切な味の鍵である。10の火は1から始まる。2−3までが弱火、4は弱火の強。5ー中火、6ー7ー8は中火の強、9ー強火、10最強。加えて0がある。これは余熱。余熱の計算ができるようになれば、仕事は楽しい。愛の世界にも余熱があるでしょ。「残心」なんて言葉を、態度で表せたらね。」(辰巳芳子『あなたのためにーいのちを支えるスープ』より)

    明日はバレンタインですね。手作りされる方もいらっしゃるでしょう。チョコレート作りも余熱が鍵なのかもしれません。よき一日となりますように。


  • 心に留めたい言葉2ー食べつかせるー

    「日本語に「食べつかせる」「食べつく」という、看護人の態度と、病人の様子を表現した、独自の言葉がある。食べつかせるとは、食べられる状態であるのに、食べれば回復が早いはずなのに、食欲がきっかけをつかめず、宙をまさぐっているような人。この人の気の先をつかんで、好みのものを与え、食欲の焦点をつくってあげることをいう。「なんとかして、食べつかせねばー」 これである。みんな、こうしてもらって今日がある。(中略)食べつかせるーこの言葉、現代にこそ流行らせたい。食べつかせられる親の子供に、「キレる」はないであろう。」

    これは、料理家で随筆家である辰巳芳子さんの著書『あなたのためにーいのちを支えるスープ』にある一節です。私がこの本を手にしたには二年前。表紙に色のグラデーションの図が使われているのに興味を持ったからでした。タイトルを見ずに表紙だけ見れば、ファッション関係、衣に関する本に見えます。きものを染める時の色見本と本当によく似ているのです。しかしこれは、紛れもなくスープの書物です。表紙の色体系は、食材の色とスープ作りの技法を示しているそうです。日常生活を衣食住というからには、着ることと食べることは密接に連動しているハズだけれども、具体的に証明してくれるものがなくモヤモヤしていた私にとって、その色体系との出会いは、非常に大きなものでした。食の世界にも色見本があるんだ、やっぱり衣の世界と同じなんだ。単純なことかもしれませんが、救われた気持ちがしました。

    読み進めて行くと、これは単なるスープのレシピ本ではないことが解ります。スープ、おつゆものの意味と役割を改めて考えさせられます。食べるという日常行為がいかに生命にとって大切であるか、親と子、人と人の絆を結ぶためにいかに大切なことであるかということを。上記の「食べつかせる」という言葉にもあるように、食べるという行為はその家々で伝えなければならないものなんですね。読みながら、きものの世界でも、たとえば畳むことや身に着けることは、やっぱり家の中で伝わって欲しいなと強く思いました。家の中で伝わるものには、単なる順番や方法でなくその間にあるもの(それはうまく言葉では表現できないのですが)があり、それが絆になるのだと思っています。我々、衣に携わる者が今すべきことは、家の中で衣が続いて行くようにお手伝いをすることであろうと再認識させられました。お母さんがきものを着られないなら、娘さんが着られるようになってお母さんに教えてあげる、それもひとつの在り方です。買うだけがきものではありませんから。きものとは衣とはどういうものなのか純粋に興味を持って来ていただける店にしていきたいという前向きのパワーを、辰巳さんの本からもらいました。

    皆さまも一度是非、手にしてみて下さい。きものが難しければ、まずは美味しいスープから始められてはいかがでしょうか。

    あなたのためにーいのちを支えるスープ』辰巳芳子著 文化出版社


  • 如月

    陰暦二月のきさらぎには、由来が諸説あるそうです。増す寒さに、更に衣を重ねる意味で「衣更着(きさらぎ)」。草木が生え始める月の意味で「生更木(きさらぎ)」。気候が陽気になる季節の意味で「気更来(きさらぎ)」「息更来」。

    続く寒さの中、温かい春を待ちわびて。春の使者をお届けします。

    kisaragi